2013年12月22日

老いを自覚する。

「頑張れ」は言われているうちが花。
大島麻衣

老いを自覚する。


65歳を過ぎた頃から 年々体力の衰えを感じるようになった。

気力と体力とは別々のものである ということを実感するようにもなった。

2リットル入の水6本1ケースを買って運んだ 翌々日には
肩や腰にバンテリンを塗り エスファイトゴールドをのまずには
いられなくなった。


寒さに弱くなって いつの間にか婆シャツを着るようになった。
スパッツも・・・・ 
靴下を重ねばきするようになった。
着ぶくれで ますます肩が凝るようになった。


白髪を染めるのが面倒になった。
美容室へ行くことさえ どうでもよくなった。


「歳をとったら見栄をはらず 義理も欠け」 という言葉が好きになった。


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この記事へのコメント
私は両親と暮らしていたので、人はそうなるのだとなんとなく見ていましたが、
それでも自分で経験しないことにはなかなかわかるものではないですね。

最近よく考えるのは、今の私の年齢の時の親のこと。
どのくらい元気だっただろうか、何をどのくらい頑張っていただろうかと。
負けたくは無いかなぁ~^^。

人によって違うでしょうけれど、私は自分の心身を考えた時、
頑張って65歳、無茶も70までだろうと思っています。
そこから先は、元気であってもそう張り切って動ける自分だとは思っていない。
だからこそ、60歳で定年退職しようと考えています。

ゆるゆると、ほどほどに生きていくのも、老人に与えられた特権では?
しなやかに、したたかに^^。
Posted by yokochann at 2013年12月23日 10:13
☆ yokochann こんにちは~^^

わたしの年齢であれば まあこれくらいなものなんだよね~

感性は若いときのままなので 体力の衰えがかなりショック
というのか 自覚が足りないというのか・・・・・(笑)

早く大人になりたかった十代
肩で風を切って自分がおばあさんになるなんて 思ってもいなかった二十代
家の人になり 女としての喜び悲しみ すべてを受け入れた三十代
再び社会に出て しゃかりき働いた四十代
母の看病と その連れ合いの看取りを経験した五十代

そしてすでに六十代も終盤となって ちょっと息切れがして来たのかな?

まだこれから先に 老老介護という難所が待っているので体力だけは
温存しておかなくてはね。

>ゆるゆると、ほどほどに生きていくのも、老人に与えられた特権では?
しなやかに、したたかに。

それそれ~!(*^^*)
Posted by 夕焼け小焼け夕焼け小焼け at 2013年12月23日 16:31
 
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